2007年2月22日
父
私は父から過保護に育てられる。
何も不自由なく甘やかされて育った。
それが父なりの愛情表現だったのか。
父は私に何を望んでいたのだろうか。
父の喜ぶ顔が見たくて父が得意だった数学を
自分なりに勉強して父にわからない問題を聞くことだけが
父親との唯一のコミュニケーションだった。
良い子を演じて点数稼ぎだ。
今、父とのコミュニケーションは特にない。
父は銀行員だから
私にも銀行員になってほしかったのだろうか。
男同士のコミュニケーションは一度もない。
「スーツは嫌い。ネクタイも嫌い。
サラリーマンなんか絶対になりたくない。
就職なんて絶対しない。」
私は中学に入って登校拒否をし
家族の輪の中から離れて
家にいることも少なくなった。
良い子ぶるのはもうヤなんだよ。
これが私なんだよ。
見るがイイ。
自由を中学生で知った。
自分は自分でいいと中学生で知った。
それから10年以上が経った。
今でも父とは仲が悪いわけではないが会っても会話はとくにない。
相変わらずの私の自由さと(かっこよく書き過ぎか)
訂正、自分勝手さと気ままな行動に
父はもの凄く心配していると母から連絡が入る。
わりぃ〜な〜オヤジ。
私は器用には生きられね〜。
なんでもかんでも昔から親に何をするにも
相談することはなく
勝手に行動移して行動してからの報告だからよ〜。
さすがに性転換をした報告はびっくりだったみたいで〜。
父ちゃん、ビールガバガバ何杯も飲んでたね。
手術する前に相談したって頭が混乱してあれやこれやなるんだったら
チンチン切ってから報告して混乱してもらったほうが良いだろうと
親不孝モンのそれなりの小さな思いやりです。
ウソです。
私が自分勝手に考えた結果で
結局いつも迷惑かけて思いやりなんて欠片もないっすね。
こんなんでどうしようもない奴っすが
一応オヤジの遺伝子を分けてもらってます。
戸籍が女になってこの世に「充典」が存在しなくなっても
私はオヤジの息子だ是。
投稿者 さやか : 05:13 | トラックバック (0)